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Posted by チェスト at

まちのこと。Vol8-まちの形-

2020年11月30日

三つの通り会の事業統合。
そもそも現在、街路灯の維持以外の事業を行っていない通り会。
数がどうこうなっても仕方ないのかもしれませんが
足りていないインフラ、特にマンパワーの不足をなんとかしなければ
次のステップに進めないと感じたからこそ取り組んでいます。

具体的にイメージしているのは
①三つの通り会を一つの通り会に統合。

②既存の別のコミュニティにお願いして、プラットフォーム役をお願いし、運営、事業を委託。

③新しいコミュニティを作り、運営、事業を委託。

分かりやすいのは、①なのだけど
せっかくいままで築きあげた通り会のイメージや組織を
そのまま受け継ぐことができないこともありうるし
単純にスリム化してしまうことで、反対に組織が衰弱してしまう恐れもある。

自虐的な表現をするのなら
特に外的要因によって弱体化した組織同士が連携しても
強い組織にはなれない気がするということ

もうかなり古い言い方になるけど
まちづくりに風を吹かせるには
よそもの、わかもの、ばかものが必要
これは、まさしくその通り
弱い組織になってしまったからこそ、この3つの新たな力に頼らざるを得ない。
ただし、よその、わかい、ばかと
三拍子そろった方は、手に負えない。
せめて2要素まで
理想は、その1つの要素を含んではいるものの、残りの2つの要素にはあてはまらない方
なのだ。。。  

Posted by はるり at 14:59
Comments(0)まちおこし。

あがり症。

2020年11月24日

10代の頃から「お子さんは?」と聞かれ
親父ギャグを連発するような性格
年齢以下に見られることは、まずありませんでした。

他人からみると落ち着いて見える
そういえば聞こえがいいのだが、老けてみられるのは結構つらい。。。

あまり信じてもらえないのだけれども
実は、極度の人見知り&あがり症
まぁ、パニック持ちなので仕方がないのだろうけど

11月は、そんな自分が3度も人前で挨拶することとなり
当然、数日前から体調を整えて
寝る前に入念に文言を考え、イメージトレーニングを行い
本番に臨んだ訳なのです。

初回、2回目は、自分にしてはなかなかの出来だったのですが。。。

3回目の昨日
なんとなく落ち着かない感じだったので
内容を間違えないように、原稿を書いて読むことに

2回目ほど人数が多くなかったので
大丈夫だろうとたかをくくったのが大間違い
マスクをしたまま壇上にあがり
話をはじめてしばらくすると、メガネが曇って原稿が見えなくなり
冷や汗がではじめて、手が震える
なんとか息を抑えて、メガネがくもらないようにするのだけど
今度は、息が苦しくなって原稿が読みすすめられない

さらに悪いことは続くもので
それなら急いで原稿を読み終わろうと、早口でしゃべろうとすると
読み間違える。

とまぁ、ボロボロの挨拶となってしまいました。
この手の失敗ってあとを引くものなのです。

すいませんでした。
せっかくの5周年に、すっかり水をさしてしまいました。

いったんスイッチが入ってしまうと
なかなか抜け出せないあがり症スパイラル。
ほんの数秒で腹筋が痛くなり、顔が青ざめて
仏様に導かれるような幻想的な風景が目前に拡がります。

これは、なんとか、しなきゃだな~。

おまけに、くす玉割ろうとしたら
紐だけ落っこちてきました。。。。

悪いのは、全部僕なのです。。。

イベントは、今回も素晴らしものでした。
ウォーキングイベントも、舞台も楽しくて、素敵な午後のひとときを過ごせました。

このまま、寺山の炭焼窯が無事復活して
さらに、魅力のあるものになることを確信できるイベントになったと思います。

鹿児島市近代化産業遺産パートナーシップ会議の
5周年イベントは、いよいよ来週まで

イベント①
パネル展「寺山炭窯跡 復活への道」
11月7日(土)~11月29日(日)
料金:異人館入館料でご参加いただけます。
場所:異人館

寺山炭窯跡現場見学会
11月29日(日)
時間:①10:00~11:00
   ②13:00~14:00
料金:無料
場所:てらやまふれあい公園集合
定員:各回20名(先着・要事前申込)
080-3366-7952(イベント事務局)

  


Posted by はるり at 09:55
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol7-判断-

2020年11月20日

鹿児島市内でもまたもクラスターが発生して
関係者や近隣の地域に衝撃が走っています。
現在の世界的そして、国内の状況を見る限り
何処で発生してもおかしくないし、罹患した方を責める状況にないことも
すでにお分かりの事かと。

自己防衛が、最後の砦。
日常的な衛生習慣を身につけること、なるべく多くの接触の場を避けること
これに尽きるのかもしれません。

それでも、仕事や日常生活において
実施や参加の判断に悩むケースがあると思います。
そんな時は、主催者や責任者に相談して他人の意見を聞くというのも
一つの手段なのかもしれません。
いろんなケースがあると思うので
独りで思い込んでいろいろ考えこむよりも
一緒になって考えるのがよさそうです。

まちおこしの活動やイベントに関しても同じこと。
開催する側としては、参加希望者がいる限り
開催したいと思うのは当たり前。
でも、最悪のケースを常に想定し、危険な状況を回避するのも当たり前。
2つの相反する当たり前にどう対処するのかを考える事が
新しい時代のまちおこしのあり方なのかもしれません。

鹿児島市の11月末までの事業に関しては
下記に指針が出ていますのでリンクを貼っておきます。
http://www.city.kagoshima.lg.jp/soumu/shichoshitu/kouhou/covid-19/shisetsu.html

さて、まだイベントに慣れていなかった頃のお話
2008年に、鹿児島駅周辺まちづくりワークショップで発案された
「さるっきんぐ」という、まちあるきイベントを開催しました。
※さるく(あるく)、ルック(みる)。。。
話し合いでは、キング(王)、Ing(現在進行形)の意味も含まれてたと思うのだけど
まちあるき王に僕はなる。みたいな感じで。。。
その時の記録では、さるくとルックだけみたい。

この時の開催リスクは、天候ぐらいのものでしたが
それでも、雨が降らないかが気になって仕方がなかった僕は
会議の席で「雨天の場合、どうするんですか?」と訊ねたところ

会話が止まり、凍りく会議。。。

そこで、実行委員長だった内村会長が一喝
「晴れるに決まってるだろ。余計な事は考えるな。」
で、会議は続行。
一瞬、えっ?って思ったのだけど
結局、雨天の想定はされないまま当日を迎えます。

結果はというと、見事に晴れました。
驚いたのは、それ以降の委員長が開催するイベントの晴天率は、ほぼ100%。
究極の晴れ男の異名を手にすることとなりました。

こんな風に書くと、無謀なようにも聞こえるかもしれませんが
人知れず、晴れるようにお詣りにいっていたとか
実は、雨天時のテントや道具を用意していたとかいう事実を聞かされて
なるほど、委員長たるもの、絶対なる気合いと準備が必要なのだと
思い知らされたところでした。

さて、11月に入って徐々に戻りつつあった活動も
ここにきて、またも変化が求められるようになった感じ
今週末もいくつかのイベントが予定されているので
状況を確認し、いろんな人の意見を聞きながら
準備と判断をできればとおもうところ。

そんな場面になった今だからこそ思い出す。
判断に関する思い出のお話でした。


  


Posted by はるり at 08:31
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol6-ガイドラインー

2020年11月19日

鹿児島市の総合計画は、現在第5次の計画が進行中。
令和4年度からは、新たな総合計画がスタートするため、現在その策定作業が進行中のようです。
今月末は鹿児島市市長選挙もあります。新しいリーダーと新しい総合計画。
「人・まち・みどり みんなで創る”豊かさ”実感都市」からの次のステップに進化すると思うとワクワクしますね。

実は上町にも、ワークショップから生まれたまちづくりの計画の指針となるガイドラインが存在します。
http://www.city.kagoshima.lg.jp/kensetu/toshikeikaku/shimatiduku/machizukuri/machizukuri/ekishuhen/shuhen.html
鹿児島駅周辺のまちづくりや、ガイドラインが生まれた経緯を分かりやすくまとめた年表もございますので
まずはご一読ください。
http://www.city.kagoshima.lg.jp/kensetu/toshikeikaku/shimatiduku/machizukuri/machizukuri/ekishuhen/jigyo.html
平成19年から開始されたワークショップ。
自分も、はじめて参加した行政と民間との協働での取り組みです。参加人数は、60名くらいだったと記憶しています。
メンバーは町内会の重鎮や通り会の役員、協議会の事務局、一般市民、個人事業主、担当部署以外の公務員など多彩な顔ぶれでした。
自分は、この時35歳、最年少に近かったと思います。
一番最初の会議で、かごしま探検の会さんから【世間遺産】と【人間僕宝】のレクチャーを受けて
三枚おろしができあがるくらいに、目から鱗が落ちまくり
以来この考え方が、自分のまちづくりのスタイルの基本になってるような気がします。

さて、ガイドラインの方はというと。
これまでの取り組みをみて分かるように
周辺まちづくりのスタートは、平成15年国鉄清算事業部(現在のJR)さんから浜町の土地を取得したところから始まっています。
国鉄の民営化とどのような関係があるのかはおいといて、その先には線路の高架化(立体交差)事業が見据えられていたと思います。
3年後には、基本設計がなされ、上町再生のフラッグシップとなる予定でした。

が、平成19年、鹿児島県の財政悪化に伴い、見直し、その後凍結となります。
※中止ではありません。
そして残されたのは、清算事業部からさんから購入した広大な土地。。。どうしよう。。。
そこで、行政だけではなく広く市民の声を聞いて、一緒に考えましょうとワークショップにいう流れになったものと推測されます。
折しも、全国的に官民のワークショップは大ブームで、全国あちこちで再開発のワークショップが開催されていました。

自分達のワークショップは、福岡の開発会社が鹿児島市から業務委託をうけて、音頭をとっていただいたのですが
これまた、素晴らしい見事な運営ぶりで、業務以外のボランティアにも積極的に参加していただいて
三枚おろしが、見事な薄造りのお刺身になるぐらい。
この時学ばせてもらった、ブレインストーミングや会議の運営方法などが、基本全員が発言するという
今の自分の会議の進め方の基本になっている気がします。

そして、官民協働と書きましたが、行政の担当者の熱量もすごかった。
この時はじめての協働だったので、行政の担当になったら
こんなに身を削って地域に貢献しなくちゃならないのかと
感心すると同時に、絶対公務員にはならないし、なれないと感じてました。
ここでの仕事ぶりは万事に通じるのか、10年以上たった今も、担当者のみなさんは、さまざま部署で一線で活躍されています。

といいことばかり書いていますが
不思議に感じたこともありました。
それは、ワークショップの中で
また、その後のガイドライン策定の中で
予算(お金)の話が一切無かったこと。
これを先に検討してしまうと、幅広い意見交換ができないからなのかは分かりませんが
後に知ることとなった全体の予算額は、自分が想定していた予算の額の10倍近くありました。
そして、いつの間にか自由広場の計画に、屋根がついていたのは、びっくり仰天でした。。。

ガイドラインは、上町地区で想定できる
さまざまなまちづくりの手法や、資産、ポイントが記されていますが
あくまでも、これは目次程度のものであり
実際に実施、運用するにはその先にある予算や、人財、インフラなどを
しっかりと考える必要があります。
そして何より大切なのが、総合計画と同じように
どこまで進められたのかという検証と、次の優先課題を考えることだと思います。

今年度をめどに、鹿児島駅は周辺整備も含めて
一段落することになると思います。
だからこそ、見直す作業も必要だと思うのです。

  


Posted by はるり at 08:24
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol5-総意-

2020年11月18日

まちのことを強めに書き始めて、少々疲れ気味
偏ったものの考え方や発言をするタイプではないし
どちらかというと周囲に気を配りながら
関係者が自由に物事を進められるよう心がけているので
最近書いたものを読み直してみると、なんか違うなぁ~と思うところ。
でも、3つの通り会の方針が決まるまでは、これまでの活動を振り返って
何かヒントになればいい
せっかくここまで続けてきたことだし。

まちづくりをすすめる重要な要件のひとつにコミュニティの総意というものがある。
これは、行政や議会で仕組みを作ってもらったり
陳情などを行う場合にも言えることだけど
独自の考えや視点ではなく、コミュニティ全体がその方向で進んでいることを示すためにも必要なこと。
平成29年に南洲門前通りの地区景観計画が策定された時のお話
http://www.city.kagoshima.lg.jp/kensetu/toshikeikaku/toshikeikan/machizukuri/kekan/kekan/documents/nanshumonzen-keikankeikaku.pdf
これは、鹿児島市独自の景観計画よりも、ひとつ、ふたつギアを上げた景観計画なのだけれど
この計画を策定するときにも、一番気をつけなければならかったのが
この地域の住民の総意であること。
それを証明することが、とても難しかった

1年間にわたり、6回以上地域内にある福祉館で説明会、勉強会、検討会を行って
その都度案内を800世帯以上にメンバーと一緒にポスティングした
その内容をみて、なぜこのような事をするのかと呼びつけられたりということもあったのだけれど
その都度説明をして、理解していただいたと思う。
逆に、最初の会議でもそうだったけど、なぜもっと早く取り組んでもらえなかったのかという意見を頂いたことが
後の原動力になったし、早く取りまとめて、すでに破壊されている景観環境の維持をすぐにでも始めたいとも思っていた。
まずは、住民、関係者への説明そして周知。
次に理解、意見の取りまとめ。最後に確認をして手続きへと移る。
その中で、南洲門前の通りがもつ「らしさ」を活かすにはどうしたらいいかを模索する作業は
総意をとりまとめる楽しさをも知ることに繋がったと思う。

景観計画=規制ではない。

上町のシンボル的な通りとして、ここを訪れた人たちが
「上町に来たんだな~」と感じることができるような景観を守り、作ること
つまり
かごしま発祥の地・上町の歴史的雰囲気を大事にした風格とまとまりのある景観づくりを進めるための基準。


そして3年以上はかかるだろうと思っていた計画は
最終的にパブリックコメントで、広く意見を求めた上で
半分の1年半ほどでスタートすることができた。  


Posted by はるり at 08:26
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol4-担い手-

2020年11月17日

高齢化、人口減少とはいっても
店舗の減少のスピードとは比較にならない
早く、確実に、目に見える形で減っている。

そして、特に小売店舗は黒船(コンビニ)の進出で破壊的なスピードで進んでいる。
3年ほど前に消滅したお隣だった通り会は
コンビニに進出によって、酒屋×2、薬屋、パン屋、商店がなくなり
あっけない最後を遂げてしまった。
店舗が少なくなると、当然通り会、商店街の担い手もいなくなるのだ。
実は、常に営業している店舗は、町内会の連絡役も担っている場合が多いので
その役割を果たせなくなることは、その衰退にも繋がる。

最近、高校生が町内会長となったと新聞の記事があった。
その記事を読んでみると、その手があったか~なんて思ってしまった。
父親がまちづくりに携わる職についていることもあると思うのだけれど
自由になる時間を、まちづくりに使ってみたいという本人の思いと
担い手不足の町内会とが、うまくマッチしたのだと思う。

上町維新まちづくりプロジェクトがはじまって14年になるけど
実は、このプロジェクトも町内会からはじまっている。
町内会長にお願いして、その中にまちづくり事業部という部会をつくっていただいた。
役割は、町内外との調整、連絡役、そしてそこで得た知識や情報を実行する部会のようなもので
メンバーは町内に限定せずに、活動に関わっていただける方は
どんな方でもメンバーにさせていただいた。

いまのNPOやまちづくりの活動されている方をみていると
まず新設、設立ありきってのが多くて
既存のコミュニティーやまちづくり団体、通り会との関係はどうなんだろう。。
って思うことが多い。
目的や目標を絞り込むためなのかもしれないのだけれど
実は、町内会や通り会で、既に取り組んでいる事業が多いのだから
あれ?って思うのだ
当然、町内会の中に組織をつくると、他の部会や理事会にも参加しなければならなくなる。
敬老会、サロン、回覧板、清掃、ゴミステーション問題、防犯灯などなど
でも、それはメンバーで分担すればよい。
メンバーには理事もいるのだから、普段やってることをやってもらって
その情報を、まちづくり事業部にもらえるという仕組みにした。
事業部は、新たなアイデアと充実を図るための調整をして
(言い方に語弊があるかもしれないけれど)
町内会活動の質を高く、幅を広くできたのではないかと思っている。
枕崎から商店を呼んで1dayサロンをしたり
新たな広報誌をつくったり、ご当地本を作ったり、ご当地検定をしたり
毎月まちあるきをしたりという事からはじめて
事業部が出来てから2年、形が整ったところでプロジェクトへと移行した。
この間は、鹿児島市から共生協働観点から町内会としては、はじめての助成を頂いている。
嬉しかったのは、今でもメンバーが町内会の担い手になっていただいていること。
そして、それぞれの得意分野で各方面でも活躍できていることだ。

既存のコミュティー等内部に組織をつくると
新たに団体を作るよりも、早く認識されるし、手続きもスムーズだし、助成なども新たにつくるよりもはるかに受けやすい。
既存の理解を得られるのか、信頼してもらえるのかという事を聞かれたこともあるけれど
そもそも、それが難しいようでは、活動する必要はないのではないかと思う。


  


Posted by はるり at 08:37
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol3-お金のこと-

2020年11月16日

3つの通り会の最も会員数が多かった時期との会員数会費比較(数字の丸めあり)

通り会  会員数  月会費  会費規模  
 A   100→35  @2000  2,400,000→840,000-
 B   55→25  @2000  1,320,000→600,000-
 C   55→25  @750  495,000→225,000-

会員数、会費はピーク時の半分以下になっている通り会もある。

支出の中で最も多いのが街路灯の電気代
Bを例に取ると1本当たりの電気代が1700円、会費が2000円だから足りているようにみえるのだけど
街路灯の数(35本)が会員数(25本)を上回っていて
その分の電気代も、現在の加入会員がみている。

つまり600,000の会費で、714,000の電気代を払っているということ
ここで助けてくれるのが助成金
鹿児島市の明るい商店街事業から250,000ほどの補助があるので電気代はなんとか足りているのだけど
電球交換や、故障の修理は、これに含まれないでの街路灯だけでも、当然赤字となる。

もちろん、その他の事業は手出しとなってしまう。
現在、総会時にも総会参加費をとって会場費、懇親会費に充てているだけど
これが原因で、総会にさえも参加しない会員が増えてしまった。

では、どうやってその他の事業(サロン、市、体験会など)をやっているのか
手出しさえもできないとなると助成金、補助金に頼ることになる
アイデアさえだせば、行政、金融機関、各種公益財団などに助成金を活用できる。
これには、ノウハウ、時には人脈も必要となる。
足繁く通って、自分達の事業がその対象となっていて、かつ魅力があるものだと説得する必要もある。
限られたマンパワーで、これらの事業を進めるのは、結構な労力がかかってしまう。
これも、積極的に参加しなくなっていることの要因だろう。つまり、めんどくさいのだ。

そして、さらに問題なのが、ほとんどの場合これらの資金は、回数制限や、単年度の補助制度となっていて
継続的な事業とはなりえない。
それでも、なんとか通りを維持したいと考える会員からすると
何もやらないよりかは。。。なのである。

ピーク時には、通り会の視察や研修会、総会などにも助成が行われた時期があったようで
婦人部、青年部などの下部組織も充実し
それらで、県外などに研修旅行にいけた時期もあったようだが
これらがなくなってしまったことも、通り会への参加メリットを感じなくなっている一因である。

またこの一覧で注目すべきはCの存在、この会費でも充分にやっていけてるそうなのだ
これは、これまで積み立ててきた資金を、街路灯のスリム化(LED化、本数の減)をすることにより
会費を月750円にできた。
しかし、その他の事業を、すべてあきらめるという選択をしたのだ。
労力をかけなければ、予算は必要ない。そういう考え方もあるのだなと唸ってしまった。。。



  


Posted by はるり at 09:20
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol2-出店状況-

2020年11月12日

世の中は少なからず関連して動くもので
市場は当然として、実はすぐそばの通りの店舗の動きも
世の流行、廃り、をよく表すバロメーターなのです。

イオンやセブンなどの大型店舗、24Hストアを黒船と称するけれど
まさしくその通りで、一度その便利を体験すると
あっさり生活様式をも変えてしまいます。
和服を着て、腰に刀を差していた日本人が
洋服を着て、鞄を持ち歩くようになったように
今のニーズにあうもの、快適なもの、お洒落なもの、便利なものは、それらですぐ手に入るのですからね。
増えてくるのはあたりまえ。

さて、上町エリアの店舗のパターンは大きく分けて3通り

・新規出店パターン
天文館エリアに出店したいが、予算・人員に不安があり
とりあえず周辺エリアに出店し、軌道に乗ったら天文館エリアに出店するパターン。
この出店数が少なくなると将来的に中心地への出店が少なくなるので
天文館エリアの皆さんは注視すべき出店パターン。
まさに、このパターンが近年激減してます。

・引継ぎパターン
先代からの事業を引継ぎ経営を行うパターン。新たな事業を付加する場合もある。

・移転パターン
このパターンはのれん分けや新規店舗を広くして駐車場がある周辺地域につくったり、移転したりするパターン。

他にも、歴史的な魅力を感じたり
上町エリアの景観が好きで出店したという声も聞いたことがあるのだけど
本人のモチベーションはあがるものの、集客とはあまり関係がなくて
結局、最後は他のエリアに移転してしまったなんて事もありました。
あと、最近ちらほら目に付きだしたのが、1dayで借りて不定期営業していた店舗が
本格的に出店したっていうパターン。
加えて他の地域の事例では、サロンや市に参加してくれていた店舗が出店したって事もあるので
やはりこれらのイベントも積極的に取り入れないとなと思うところ。

賃貸価格については上町エリアで坪あたり0.5万から0.8万くらい
天文館エリアで坪あたり1.2から2万くらい
当然、駐車場や設備の有無によって差があるのだけど
似たような広さで比較すると、だいたいこんな感じなるのでは(あくまでも個人的な体感価格

空き店舗が増えてきた現在と20年くらい前とで、賃貸価格はほとんど変化は無いように感じます。
これって、どうなんだろって思う。賃貸価格が安易に下がるのは、よくないことなのだけど
空き店舗をそのままにしておくってのは、自分の通りに魅力が無いことを晒すようなもの
さらに、そうなってくると期間限定でやってくる怪しい商売が横行して(俗にいうハイハイ学校)
メインとなるような大きな店舗が
通り会とは無関係の業者の出入りということになってしまうのです。

問題なのは、上町エリアでは、空き店舗に関しての誘致を不動産会社任せにしている事。
理想としては、通りの全体の機能を考えた時に
通りが欲しい店舗を誘致するのが理想なので
それも、通り会という組織があることの役割や意義のように思います。

となると鍵を握りそうなのが不動産会社との連携
通り会に情報を流してもらって、自分の店舗が有利に働き、出店する店舗にもメリットがでそうな
そして、通り全体がプラスになるような店舗を、会員みんなで声かけし
誘致をするっていう仕組みが必要なのかもしれません。


写真はセブン-ができる前にあった石垣。
このすべての石が処分されるとのことで、建築業者とセブン-さんに依頼して
自社の資材置き場で保管することになりました。
いまでは、セブンさんの常連。考えてみると御世話になりっぱなしですな。
  


Posted by はるり at 09:01
Comments(0)まちおこし。

まちのこと。Vol1-歴史的背景-

2020年11月11日



上町のウォールストリート。

鹿児島銀行、南日本銀行、鹿児島信用金庫、鹿児島興業信用組合が並んでいる地区の写真。
写真の先にあるタイヨー大竜店は、タイヨー2番目の店舗。
天文館の次にこの地区に大規模店舗を設けたことから
いかに上町が市場としての魅力にあふれ、活気があったのかを示しているようにも思う。

そして、この道路には鹿児島の路面電車「市電」上町線が1985年(昭和60年)まで走っていた。
竪馬場の市電乗り場は、現在のようにコンクリートで防護用のタンクがあるようなものではなくて
ただ地面のアスファルトがオレンジ色のラインで囲まれただけのもので
その枠の中に入って電車を待っていたように記憶している。
(今おもうと、命がけで市電にのってたみたいな感じw)

この市電が住宅地である上町と官公庁(国の省庁の出先機関、県庁、市役所、都銀)を繋いでいたので
上町には、公務員、金融職員の宿舎や住宅が多かった。

この後昭和50年代にはいると、郊外の公営集合住宅、そして、団地の一戸建てブームとなり
交通渋滞が常態化し、ついに60年に市電は廃止された。
住宅の分散化に加えて、鹿児島駅の旅客機能を西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)に移転したこと
さらに、県庁移転によって、上町地区の商店は大きなダメージを受けることになった。

信じられないことに、当時かなりの賑わいをみせていた鹿児島駅周辺の通り会、商店街は
この動きに抗うことは、あまりなかったと聞いている

しかし、上町のウォールストリートの中心たてばば交差点は、いまでも交通の要所であることに変わりはなく
そこから、坂元方面、吉野方面、玉里方面への乗換場としての役割もあるのだが
悲しいかな鹿児島での公共交通機関の利便性が低いが故
マイカーを使って店舗を利用する郊外型のストアとの売上、商品の取扱品目にかなりの差があるようにも思う。

今回からはこの場所にある。3つの通り会の現状について少しずつ記していきたいと思います。  


Posted by はるり at 09:05
Comments(0)まちおこし。

5周年とはじまり。

2020年11月10日



8日の日曜に開催した
世界遺産5周年記念イベントinかんまちあ
演劇&トークショー鹿児島異人館物語-小さな小さな友好革命―
募集の100名を超えて好評のうちに終えることができました。
大変な状況にもかかわらず、快く引き受けていただいた上町クローズラインさんには
ただ、ただ感謝でございます。ありがとうございました。

1年ぶりの観劇は
感動はもちろん、感慨深いものがありました。
やはり、鹿児島にも熊本のようが文化劇場が欲しい。
本当に欲しい。
冒頭少し挨拶をさせていただきましたが

先人達が残してくれた遺産がどのような時代で、どのような心境のもとで生まれたものなのかを
わかりやすく伝えてられるし
ただ、説明を受けて学ぶだけでは不可能な
一緒に笑い、涙し、感動しながら
当時の状況に思いをはせながらみることで
自分の疑似体験として得ることができると思います。

そして、いまのタイミング
大きな物販イベントや体験方イベントが難しい中で
最大限の対応策を実施しながら実施できたことは
骨を折ってくれた人たちの努力があったからこそ
本当に有り難く思います。

そしてなにより近代化産業遺産を現代に残してくれた先人達の思いと偉業に感謝して
この精神をみならい、私達も次の時代に誇れる遺産となるように
この遺産を繋ぎ、発展させていかなければならないと思うところ。

翌誕生日の9日月曜は
南洲門前通り会、上町南風通り会、たてばば通り会のチャレンジする商店街の初回会議
こちらの様子はまた記事にまとめたいと思いますが
ほとんど活動できていない状況に檄を飛ばされる状況からの
はじまりの1歩です。
歴史と伝統のある(というか、日本最古説のあるたてばば通り会
通り会だからこそ、できなかった部分を
そろそろ考え直す時期なのかもしれないな。

今の上町のイメージとは反するかもしれないけれど
時代を創った先人達は、過去と決別して
いわば最先端のテクノロジーと思想を駆使して
新しいスタイルを確立したはず
徹底した廃仏毀釈や急速な近代化への移行は
当時としては画期的な事。

そんな上町なのだから
もういちど、はじまりを創ってみたいと思うところです。  


Posted by はるり at 09:41
Comments(0)まちおこし。

1年ぶりでございます。

2020年11月09日

あっという間に、1年が経ぎましたとさ
めでたし。めでたし。。。

と、終わりたいような1年。

世の中は、びっくりするぐらいに変わってしまいました。
これまでの日常が果たして戻ってくるのかなぁ。

漠然と抱いていた不安が
予想外な形で、現実になっているような気がします。
昨年の投稿を書いているころは
まったくこんな世の中になっているとは思わんかったな。

世紀末は
映画アキラやマッドマックスのように
荒廃した世界を描いていたのだけど
こんなにもじわじわと、意地の悪い形で迫ってくるものなのかなと
すれ違う人たちのマスク姿をみながら思うところ

本当はみんな
マスクの下で、歯を食いしばって頑張っているのだろうけど
きっと笑顔が隠されているのだと想像することにして
今できることを、一緒にやっていくしかない。

子供たちは、次のステップの準備を本格的にはじめてます
仕事は、一つのブームが終わって自力を試されています
まちづくりの方は、まったく動けない状況だったけど
ようやく、やり方が固まりつつあって徐々に動きはじめたところ
身体の事は、おもうところあって
断酒して2週間が過ぎました。
すると。。。元気100倍くらいになってます。

とまぁ、こんな五十路リーチの誕生日でございます。
できるところなら、安めでもいいから、早くあがって楽になりたいような気もするけど
役満めざして、人生の海底まで頑張ることにします。

多くの出会いに感謝し
人生を共に楽しんでいる人に感謝して
これからも流れ、流されて
あるがままに。。。
どうか麒麟がきますように。。。

  

Posted by はるり at 10:11
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